Kikuiwani
僕は 今車で真夜中の湾岸道路を
走っている。
また彼女の悪い病気が
始まったんだ。
最初に電話が鳴った時には、
僕は、ハダ力だった。
受話器を手に、
タオルで耳の後ろをふいていた。
電話は何にも しゃべらぬままに、
ぷつんと切れた。
受話器のまわり嫌な予感が
ふくらんでいた。
2度目に電話が鳴った時には、
僕はパンツだった。
恐竜図鑑をめくりながら、
ビールを飲んでた。
受話器の向こう、君の声が
ちょっとかすれてる。
あ-あ、また彼女の
悪い病気が始まった。
「ねえねえ、
たいへんなことが起きたの。
今すぐ 来て。
私の夢に、KIKUIWANIが食いついて
どうしても離れないの。
ねえ、お願い。
あなた、友だちでしょ.........」
先月は、気とり鳥たった。
今度は、気喰いワニ。
じゃ、来月は、気ころがし虫かあ?
でも、僕は、すばやく動物図鑑を
テーブルに広げ、
恐竜図鑑の上に重ねて、
ページをめくる。
KIKUIWANI KIKUIWANI
動物図鑑、幻獣図鑑、
妖怪辞典、世界の民話。
いろいろ探してみたんだけどさ、
こーんな生きもの、
どこにもないや。
1月、彼女の夢に
気なめ熊が 巣ごもりした。
2月、彼女の夢に
気はねガエルが 卵を産んだ。
3月、彼女の夢に
気だち草が芽をふいた。
4月 彼女の夢を
気かっぱらいギツネが 飛び回る。
「ねえ、あなた、
うそだと思ってるんでしよ。
私の妄想が創りだした
架空の生きものだって。
でも、この宇宙には、
我々には、わからない神秘が
うずまいてるんだ。
はやく 来てよ。
あなた、友だちでしよ。...」
そういうわけで僕は、
今月も真夜中の
湾岸道路を走っている。
彼女が眠るまで、
波のようにくり返す。
とりとめもない
彼女のはなしを聞くために。
僕は、海を見る。
でも、ヘッドライト、
光る海を、ぼんやり見てると、
そこには、トカゲや
イルカやキリンが、
遊んでいるようだ。
5月、彼女の夢に
気眠りヒトデがへばりつく
6月、彼女の夢に
気とりガラスが飛んでった。
7月、彼女の夢に
気喰いワニが食いついた。
8月、9月・10月・11月・12月・
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月
いつか、彼女の夢に、
僕があらわれる日がくると
いいんだけどさ...